【学術集会報告】第31回サル疾病ワークショップ

WS2023_top.jpgのサムネイル画像

第31回サル疾病ワークショップ <SPDP Workshop 2023>

マーモセットを用いた医学生命科学研究の現場から


2023年7月29日(土)

9:50〜17:15

開催形式

  • 現地会場 Shimazu Tokyo Innovation Plaza 4F メインホール
    神奈川県川崎市川崎区殿町3-25-40
  • オンライン Zoom meeting

懇親会 18:00〜

  • TREX KAWASAKI RIVER CAFE
    神奈川県川崎市川崎区殿町3-25-11

大会長

  • 井上 貴史 (実験動物中央研究所)


近年,脳神経科学の分野で活用著しいコモンマーモセット。研究の最前線に立つ講師3名がその生物学的特性と,それを活かした最新の研究展開について講演した。一方マーモセットに特有の疾患もいくつか知られている。高度に発達したデリケートな動物であるがゆえに,取り扱いにも高い技術と知識を要する。マーモセットの疾患と向き合う3名の講師が最新の知見と解決への糸口を提示した。いずれもマーモセットを用いた今後の研究の進展・結実を促進し,実験動物の適正な利用に直結する,貴重で有益な情報が集約された講演であった。

第31回サル疾病ワークショップは2023年7月29日,対岸に羽田空港を臨む多摩川の河口,キングスカイフロント学術企業団地の一角で開催された。大会長には実験動物コモンマーモセットの国内総本山,実験動物中央研究所の井上貴史氏を迎え,会場となったShimazu Tokyo Innovation Plaza 4階メインホールには国内外の参加者45名が集った。Zoomによるオンライン配信を通じた参加者は55名,合計100名が熱心なディスカッションを繰り広げた。概要を以下に示す。

IMGP9858.JPGShimazu Tokyo Innovation Plaza エントランスホール。

マーモセットを用いた医学生命科学研究の展開

座長: 井上貴史 (実験動物中央研究所)


マーモセットを利用した研究を効率的に進めるには,まず供試動物の生物学的特性を把握する必要がある。解剖・生理はいうに及ばず,行動特性や社会性を知ってこそ,ヒトのモデルとして利用価値が高まる。実験動物中央研究所の佐々木えりか氏はマーモセットの特性を示しつつ,高度な研究には供試動物に対する高度な理解が不可欠であることを力説した。また繁殖させた動物そのものを用いる旧来の研究手法に加え,特定遺伝子のノックアウトやゲノム編集による疾患モデルも紹介した。これら革新的な遺伝子改変技術はマーモセットの研究利用に新たな可能性をもたらす。但,ベースはあくまでも非ヒト霊長類である。研究の長期化や予期せぬ表現型の出現など,齧歯類ではみられなかった問題も散見されはじめている。課題を把握し,その対策も含めて研究計画を立案することが重要である。

非ヒト霊長類は他の実験動物にも増して,その取り扱いに高い倫理性が求められる。CTやMRIといった生体イメージングは従来の観血的な観察手法に比べて侵襲性が低く,また経時的・縦断的な観察を容易にするため,動物使用数の削減にも資する技術である。東京都立大学 人間健康科学研究科の畑純一氏は,最新のMRI技術の開発とマーモセットの利用により,全く新しい脳神経科学研究の展開を示した。体内の形態のみならず,その生理機能も可視化するMRI技術の進展は目覚ましい。重要なのはMRI,CT,組織学的検査の特徴をよく理解した上で,それぞれ長所を活かす組み合わせをもって研究に臨むことである。

コンピュータによる情報処理技術が爆発的に進歩し続ける今日でも,医薬品開発の分野,特に薬物動態研究に実験動物は不可欠である。ヒトに対する安全性や薬効を予測するには,よりヒトに近縁な動物種が求められる。武田薬品工業株式会社の山本俊輔氏は薬物動態研究におけるマーモセットの驚くべき有用性を示した。近年開発が続発している抗体医薬品の動態試験でも,ヒトとの近似性はマカクザルをしのぐ成績が得られている。またマカクザルに比して体重が低いため,必要な化合物量を抑制することができる。マカクザル流通が世界的に停滞する中,マーモセットはそれを代替するのみならず,研究のさらなる進展に寄与する可能性がある。

IMGP9862.JPG北を臨むと,多摩川の対岸は東京都。

マーモセットの疾病

座長: 中村紳一朗 (麻布大学)


革新的な研究技術の登場によりコモンマーモセットの利用価値が高まる一方,この小型でデリケートな非ヒト霊長類の獣医学的管理は難しい。ノウハウや知見の蓄積は限定的で,異常を検知することができなかったり,検知してもその対応を誤ってしまう,あるいは対応方法そのものが判らない,といった場面も想定される。京都大学 ヒト行動進化研究センターの兼子明久氏は,自身が主治医として遭遇した症例を映像を含めて生々しいまでに提示・紹介した。その貴重な経験が示す教訓は,平素の準備,精緻な観察,的確な情報収集と判断,早期発見・早期対応である。この繊細な動物の健康を維持するには,これら獣医学的管理の基本事項の重要性を一層倍認識する必要がある。異常発生との報告を受けたのでは遅きに失するケースが多い。常に動物の状態をモニターし,異常に際して的確な判断と処置ができる技術と知識を蓄積しておくべきだ。

マーモセットに特徴的な疾患としては「ウェイスティングマーモセットシンドローム」が恐らく最も有名であろう。この疾患に遭遇する機会は希ではない一方,発症メカニズムには不明な点が多い。理化学研究所 脳神経科学研究センターの新美君枝氏は複数の徴候をもとに具体的な診断基準を設定し,病気の初期段階から積極的に治療を試みている。特に血清中Matrix metalloprotease-9 (MMP9) の上昇は鋭敏な指標となる。加えてMMP9産生抑制効果のあるトラネキサム酸が初期症状の改善に有用であることを見出した。この診断・治療系が今後さらに最適化されるか,注目に値する。

いまひとつ,年齢の進んだマーモセットには腎症が頻発する。典型例では糸球体,尿細管,間質がいずれも傷害を受け,腎機能への影響は決して小さくない。腎機能の低下は研究にとって大きな不確定要素となる可能性が高く,病態の解明が待たれている。日本メジフィジックス株式会社の山田直明氏はこのマーモセットの腎症に関する情報をまとめて詳細に提示した。それによると本態は進行性糸球体腎症であり,糸球体基底膜外側への免疫グロブリンの沈着から始まる。ウェイスティングマーモセットシンドロームとの関連性は不明だが,少なくとも単純な因果関係は認められず,第3の因子が関与する可能性がある。この研究がさらに進展し,病態解明と治療法開発が進むことを希望する。

IMGP9891.JPG現地会場内でのディスカッション風景。

一般演題: 症例報告

座長: 板垣伊織 (予防衛生協会・滋賀医科大学)


提示された症例報告は全4報,サル種・施設は多岐に富んだものであった。

  • ワオキツネザルの中枢神経幼虫移行症の1例
    原田峻輔 (岡山理科大学)
    展示施設の個体における広東住血線虫の幼虫移行症に伴う髄膜炎

  • コモンマーモセットの同腹子で認められた十二指腸潰瘍症例
    向笠圭亮 (実験動物中央研究所)
    瘢痕性十二指腸潰瘍に伴う腸閉塞およびこれに起因する十二指腸拡張症

  • 麻酔・覚醒後死亡したニホンザルMacaca fuscataの大脳皮質壊死の1例
    嘉手苅将氏 (岡山理科大学)
    鎮静処置に伴う高度循環障害および肺水腫による呼吸不全

  • リスザルの精嚢腺腺癌の1例
    佐藤友俊氏 (岡山理科大学)
    サイトケラチン陰性,ビメンチン陽性の特異な腺癌

IMGP9868.JPG現地会場の参加者45名。オンライン参加者は55名。

一般演題: 研究報告

座長: 宮部貴子 (京都大学 ヒト行動進化研究センター)


  • Seoul National University Hospital Marmoset Model Network Center (SNUH-MMNC) and Disease Model
    Byeong-Cheol Kang (Seoul National University)
    韓国の国家戦略プロジェクトとして稼働しているSeoul National Unversity マーモセットモデルネットワークセンターの施設と活動紹介。

  • ChatGPTと電子カルテを活用した霊長類の獣医学的管理支援ツー ルの開発の検討
    圦本 晃海 (実験動物中央研究所)
    実験動物診療における生成型AI応用の試み。可能性と課題について。

  • コモンマーモセットにおける絨毛性ゴナドトロピン (CG) の 定量及び定性分析系の開発―主としてマーモセットCG検出用イムノクロマト試薬 Dual Checker について―
    曽我拓馬 (日本クレア)
    抗マーモセット絨毛性ゴナドトロピンモノクローナル抗体の作成とELISA,イムノクロマト製品 Dual Checker への応用。尿中絨毛性ゴナドトロピン検出による早期簡易妊娠診断系の樹立。

IMGP9912.JPGポスターコアタイムの風景。

ポスター発表


  • P01 マーモセットにおける生涯にわたる脳体積計測による発達〜老化の評価
    関布美子 (実験動物中央研究所)

  • P02 原因不明の貧血症に対する対症療法と経過の紹介
    齋藤亮一 (国立精神・神経医療研究センター)

  • P03 コモンマーモセット用気管チューブの検討
    佐々木絵美 (実験動物中央研究所)

  • P04 コモンマーモセット胚を用いた疑似着床胚培養法の確立と解析
    岸本恵子 (実験動物中央研究所)

  • P05 Gross and histopathological findings of spontaneous hypercholesterolemia in a common marmoset (Callithrix jacchus)
    Na-Young LEE (Seoul National University)

  • P06 コモンマーモセットの下痢に対する給餌ペレット形態の影響
    西谷 翔 (予防衛生協会)

エクスカーション

ツアーリーダー: 佐々木えりか,井上貴史


現地会場参加者が会場に隣接する実験動物中央研究所の生態観察室にて,飼育中のマーモセットの大家族を観察窓越しに見学した。

全ての記事一覧
月別アーカイブ