【学術集会報告】JALAS・SPDP共催シンポジウム

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集会概要

【開催】 2023年5月26日(金) 9:00〜11:30

【会場】 つくば国際会議場3F中ホール300

【共催】

  • 日本実験動物学会
  • サル類の疾病と病理のための研究会

【テーマ】
サル類を取り巻く感染症−現状と対策−

【講演】

  1. サル類を取り巻く感染症-現状と対策-(総論)
    中村 紳一朗 (麻布大学)

  2. 試験研究用霊長類の輸入現状と見通しについて
    竹之下 誠 (株式会社イブバイオサイエンス)

  3. 展示施設におけるサル類の感染症流行の傾向
    宇根 有美 (岡山理科大学)

  4. サル類の結核: ツベルクリン試験を主体とした検査系の再構築
    板垣 伊織 (予防衛生協会)

  5. 結核感染カニクイザルを用いたサル結核検査法の検討
    岡村 崇史 (医薬基盤・健康・栄養研究所)

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内容報告

■ JALAS共催シンポジウムを企画・開催して


昨今,研究用サル類を取り巻く状況は困難を極めています。COVID-19の世界的蔓延に端を発したマカクザルの供給不足。サル達の健康を長年支えてきた国産動物用ツベルクリンの製造・販売終了。いずれも「感染症」とかかわる頭の痛い問題です。展示施設のサル達もまた感染症とは無関係ではいられません。ヒトや同種・他種動物との密に接触する環境の中で,サル達は未知の病原体に嘖まれ,また逆に感染源にもなり得ます。実験施設のサルと展示施設のサルに共通するヒトとの深い関係性。SPDPが発足以来注目してきた分野です。そのSPDPと第70回日本実験動物学会の参加者が一つの会場に集い,情報を交換する濃密な時間を共有しました。所属団体の枠にとらわれず,研究用サル類にかかわる人たちが一丸となった対応が求められている今日,このシンポジウムには大きな意義あったと思います。SPDPと日本実験動物学会が共同で投じたこの一石が波紋の拡がりをみせることを願って止みません。

■ サル類の感染症


サル類が実験動物として歩んできた道程は,感染症との戦いの連続でした。微生物学的統御が進んでいなかった初期の研究用サル類には,様々な細菌性,ウイルス性,寄生虫性疾患が発生しました。その病原体解明,治療法の確立,防疫体制の策定,そういった先人達の弛まない努力により,今日私たちが享受する安全な環境が整えられたといえます。しかし今なお,未知の病原体は常に襲撃の機会をうかがっています。ニホンザルの致死的な疾患,血小板減少症もまたウイルス感染が原因でした。ある施設のある一室でのこと,カニクイザルの染色体内に潜んでいたサルβ-レトロウイルスが同室のナイーブなニホンザルに感染しました。後に施設を越えた流行に至ったのは,これが発端だったと考えられています。この事例から私たちは,異種動物を同室で飼育することの危険性を学びました。しかし目に見えぬ病原体は経路を変え,飼育環境や,昆虫類,野生げっ歯類などの小動物を介して間接的に襲撃してくることもあります。ニホンザルがジステンパーウイルスに感染した事例では,別の部屋に繋留されていたイヌから空調介して感染が成立したことが知られています。飼育下動物の環境を適切に整えるのがヒトの役目であれば,環境を媒介とした感染を防ぐのもまたヒトの責務といえます。

■ 実験用カニクイザルの供給問題


研究用カニクイザルの価格がこれだけ高騰した主因は,最大の生産・供給国であった中国が輸出を停止したことにあります。自国内への供給を優先し,感染症研究を他国よりも優位に進めることが狙いだと考えられています。中国からの入手ルートが途切れて以来,日本国内の需要はカンボジアとベトナムの供給により満たされてきました。しかしここに来て事態はもう一段暗転します。日本にもサルを供給しているカンボジアの生産施設の経営者が,同国政府の幹部職員と共にアメリカ政府に逮捕・起訴されるという事案が発生したのです。不足するサルの穴埋めに野生のカニクイザルをアメリカに供給したという,「レイシー法」・「種の保存法」違反の疑いです。今のところ日本政府は何の対応も示していませんので,引き続きこの施設からサルを輸入することは可能です。一方で研究コンプライアンスをどこまで考慮すべきか,輸入者と使用者には難しい判断が委ねられている状況です。野生のサルと研究用に施設繁殖されたサルとを鑑別する科学的な方法はまだ,我々の手中にはありません。


COVID-19の感染爆発が収束期に入った感のある現状,中国による供給再開の見通しはなお不透明です。不足を補うべく日本国内での繁殖・供給ルートを構築したとしても,そのサルがエンドユーザーの元に届くには少なくとも5年・10年かかるといわれています。当面の需要を満たすには国内に現存するリソースを再配分したり,海外の輸出拠点を増やすなどの緊急対策が必要です。国内エンドユーザーと供給者,関係団体,さらには行政機関の意思統一と情報共有,連携がいま,強く求められています。

■ 国産MOT終販後のサル結核検査


2021年2月,私たちは国産動物用ツベルクリンの製造終了を知ることとなりました。国内のサル結核検査を唯一支え続けてくれた,MOT (Mammalian old tuberculin) と呼ばれる製品です。日本では希なサル結核ですが,全てサル類はヒトの持つ結核菌 Mycobacterium tuberculosis に高い感受性を持つことが知られています。ヒトとの接触がある限りサル結核は何処の施設でも発生する恐れがある訳です。そんなサル結核を検査するたった一つのツールが失われたと知り,私たちは大きな驚きと不安を禁じ得ませんでした。これを受けてSPDPは代替品と代替検査法の調査を開始し,各方面に働き掛けた結果,いずれも日本では入手不能であったアメリカ製サル用MOTとサル用インターフェロン-γ遊離試験 (IGRA) 検査キットPRIMAGAMの入手ルートを開設するに至りました。いずれも輸入手配は必要ですが,国産 MOTだけに頼っていた時代よりむしろ充実した検査が期待されます。しかしそれにはまず,両検査ツールの特性をよく知る必要があります。


MOTはツベルクリン試験 (TST) に不可欠な結核菌由来の抗原製剤です。現状日本には,このアメリカ製MOT以外に入手できる製品は存在しません。この新しいMOTの性能はいかばかりか,霊長類医科学研究センターが最近実施したカニクイザルの結核感染実験でこの製剤を感染ザルに接種したところ,局所に明確なツベルクリン反応を認めました。興味深いことに,同じサルにヒト臨床用の精製抗原 (PPD) を接種しても何ら局所反応はみられませんでした。サル類のTSTにヒト用PPDを使ったところで結核感染を検出することはできません。サル類のTSTでは力価の高いMOTを用いる必要があることを示す,重要な結果といえます。


TSTは私たちにとってなじみの深い検査法で,実施にあたって特段のハードルはありません。しかし局所反応を目視で判定することから,客観性や精度について問題視されることがあります。その点,IGRAは刺激抗原に反応して遊離するインターフェロン-γをELISAで定量するため,判定は客観的かつ明確です。市販のサル用キットPRIMAGAMは先のカニクイザル結核感染実験でTSTに勝る検出力を示し,私たちはその優れた有用性を改めて認識するに至りました。ただし測定操作はかなり複雑で,いくつか専門的なラボ器材も必要とします。不特定多数の個体に対して陰性を確認するツールとして用いるには労力とコストがかかり過ぎる向きがあり,この目的にはどうやらTSTの方が適していそうです。つまり定期的なTSTで陰性を確認し続け,結核感染を否定できない例が現れたらPRIMAGAMで真偽を判定する。この組み合わせなら両者の短所が相殺されるのみならず,それぞれ単独で検査するより高い有用性が期待されます。


近年,新たな感染症が世界中に猛威を振るい,その影響が思わぬ形でサル類に及んできました。そんな苦い経験した私たちですが,次に何が起こるのか想像することはできません。実験用マカクザルの供給が不安定な今こそ,流通しているサル類の安全をこれまで以上に確認する必要があります。国産MOTは失いましたが,私たちにできる最大限度の努力をもって効果的な検査体制を構築し,サル達とそこに携わる私たち自身を結核の脅威から守る姿勢が求められています。

[報告者] 板垣 伊織 (SPDP)

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