サル結核の検査法

長い間サル結核のスクリーニングに使用されてきた動物用「ツベルクリン」が製造終了したことを受け,各施設で今後の対応について検討されていると存じます。以下にサル結核の検査法各種についてまとめてみました。参考になれば幸いです。
[SPDP 板垣 伊織]


【検査法】

  1. ツベルクリン試験 (TST)
  2. Interferon-gamma 遊離試験 (IGRA)
  3. 結核菌特異抗体検査
  4. 結核菌培養
  5. 遺伝子検査 (PCR)

1. ツベルクリン試験 (Tuberculin Skin Test; TST)

結核菌由来抗原を被験サルの皮内に接種し,局所に現れる反応から結核菌に対する免疫の有無を直接的に判定する方法。古くからサル結核のスクリーニング検査法として世界各地で広く採用されている。サルでは下記 "MOT" を接種抗原として用いる検査が一般的。

■接種抗原の種類

オールドツベルクリン (Mammarian Old Tuberculin; MOT)

哺乳類を固有宿主とする結核菌の培養濾液を濃縮したもの。雑多な成分を含む。サル結核に対する反応性が高いとされ,日本はもとよりアメリカ,アジア諸国で使用されている。ヨーロッパでも各種ガイドラインに記載されている。製造終了となったKMバイオロジクス社の動物用「ツベルクリン」もヒト型結核菌 (Mycobacterium tuberculosis) とウシ型結核菌 (M. bovis) 由来のMOTである。海外ではZOETIS社 (アメリカ) 製造・販売のヒト型結核菌由来のMOTが汎用されている [1]。

[1] Tuberculin Mammalian, Human Isolates Intradermic

精製ツベルクリン (PPD)

哺乳類を固有宿主とする結核菌の培養濾液から蛋白質成分を部分精製したもの。由来となった結核菌によっていくつかの種類がある。サル結核に対する反応性は一般的にMOTよりも低いとされている [2 - 5] が,MOTの供給が限定されているヨーロッパでは共にサルへの使用が許容されている。ヒトのツベルクリン試験ではヒト型結核菌に由来するPPD (ヒト型PPD) が使用される。ウシでは世界的にウシ結核菌由来のPPD (ウシ型PPD) を,国によってはトリ型結核菌 (M. avium) 由来のPPD (トリ型PPD) も併用して検査している。今般日本でもこれに準じ,MOTからウシ型PPDを使用する方式に改めた。

a) ヒト型PPD
日本では日本BCG製造株式会社の「一般診断用精製ツベルクリン(PPD)」がヒトの臨床現場で使用されている。[力価: 2.5 IU/0.1mL]

b) ウシ型PPD
ウシで今後の結核検査に使用されることになった。国際獣疫事務局 (OIE) の承認を受けているのはPrionics社の「Bovine Tuberculin PPD 3000」である。[力価: 3,000 IU/0.1mL]
力価 2,500 IU/0.1mL以上のウシ型PPDはMOTの代用品として推奨されるとの情報もある [6]。またアフリカミドリザル結核菌感作モデルにおいて,ヒトPPDの半量 (重量比) で同等の反応を得たとの報告もある [7]。ただしサル類の臨床現場における使用実績に関する情報は乏しい。

[追加情報1]

[2] OIE Health Standard, Chap. 2.09.11
[3] FELASA Working Group Report
[4] EPV guideline
[5] Diagnosis of Tuberculosis in Nonhuman Primates
[
6] Tuberculosis in Nonhuman Primates, - an Overview of Diagnostic Tools
[7] Evaluation of tuberculin skin test (TST) in vervet monkeys (Chlorocebus pygerythrus) using experimentally tuberculin sensitized animals

■TSTの利点

  • 世界中で汎用されている古典的な検査法。
    • 手法が確立されており,施設間のデータ互換性が高い。
    • 信頼性: 検出実績が豊富。
  • 初期結核を検出する。
  • 手順が簡便,ラボなど特別な設備が不要。
  • 低コスト。

■TSTの欠点

  • 偽陰性: 進行性結核にしばしば伴うアネルギーに起因。
  • 偽陽性: MOTに含まれる夾雑物の影響といわれる。
  • 肉眼観察による局所反応の見落とし・誤認。
  • 菌体成分を検出する方法ではないため,確定診断に用いることができない。

2. Interferon-gamma遊離試験 (IGRA)

動物から採取した全血もしくは末梢血単核球に結核菌抗原を暴露し,Tリンパ球の活性化反応を培養上清中に遊離するインターフェロンガンマ (IFN-γ) を指標として評価する体外検査法。サル類ではツベルクリン試験で陽性もしくは疑陽性を呈した個体に対するアドホック検査として利用する施設もある [8]。

[8] Guideline for the Prevention and Control of Tuberculosis in Nonhuman Primates

a) クォンティフェロン

製造・販売: QIAGEN社
製品名: Quantiferon TB ゴールド プラス
用途: ヒト用
刺激抗原: ESAT-6, CTP-10

特徴:

  • BCG接種の影響を受けない:
    BCG株や一部を除く非結核性抗酸菌は上記抗原を欠いているため。

備考:

  • 必要サンプル量: 全血 3 mL以上 (1.0mL × 3本)
  • サル類への流用には別途サル用 IFN-γ 検出用 ELISAキットが必要。
    付属のものはサルと交差反応しない。

b) Primagam

製造・販売: ThermoFisher Scientific社
用途: サル用
刺激抗原: ウシ型PPD (対照: トリ型PPD)
特徴: 海外では汎用されている。

備考:

  • 必要サンプル量: 全血 5 mL以上。
  • 日本国内への輸入実績なし。
  • 対象サル種 (IFN-γの検出確認済み)
    Aotus (night/owl monkey), Ateles (spider monkey), Colobus (guerezas), gibbon/siamang, guenon/De Brazza’s, langur, lemur, macaque, mandrill, marmoset, squirrel monkey, tamarin, vervet

■IGRAの利点

  • TSTよりも特異性が高い。
  • 数値により客観的に判定できる。

■IGRAの欠点

  • 一般的にTSTよりも感度は低いといわれている。
  • 小型のサル類とっては必要血液量が過大。
    またサル種によっては健康診断など他の検査との同時実施が困難。
  • 採血から検査開始までのラグタイム,その間の検体保存条件により活性が低下する。
  • 高コスト。
  • 菌体成分を検出する方法ではないため,確定診断には至らない。

3. 結核菌特異抗体検査

血清中の結核菌特異抗体を検出する検査法。複数種の特異抗体を検出する Multiplex (多重) 法が一般的。以下に示す通り日本国内で検査サービスは提供されておらず,また市販の検査キットは入手不能である。

a) Nonhuman Primate Tuberculosis MFIA

チャールスリバー社の提供するサル結核の検査サービス。但,日本法人では未提供。
抗原: ESAT6/CFP10 FP, HSPX, ESAT6, RV3881, CFP10, RV3841, RV2875

b) PrimaTB STAT-PACK Assay Kit

サル結核検出用の特異抗体検査キット。Chembio Diagnostic Systems, Inc. から販売されていたが,現在同社の製品リストから抹消されている。製造終了と考えられる。

c) Multi-antigen Print Immunoassay (MAPIA)

文献情報: J Immunol Methods. 2000 Aug 28;242(1-2):91-100.

[追加情報2]

4. 結核菌培養

古典的な結核の確定診断法。生体では咽喉頭・気管スワブや肺胞洗浄液,胃液,糞便を材料として,死後検査では加えて剖検で認められた病変部を材料として培養し,細菌学的に結核菌を同定する。結核菌の成長は遅いため,古典的な培養法だと判定までに最長で8週間を要する。初期病変の形成にとどまる非開放性結核における感度は低い。

5. 遺伝子検査 (PCR)

結核菌の核酸を検出する確定診断法。検査材料は菌培養に同じ。菌培養法と比較して検出までの時間は短い。菌培養後の分離コロニーを材料とすれば感度は高いが,感染初期の動物から採取した検体を直接用いた場合の感度はそれよりも劣る。

考察

平易な手法と低コストが特徴のツベルクリン試験は,サル結核スクリーニングの標準的な検査法である。日本のサル飼育施設も,多くがこれを繰り返し行ってきた。比較的施設間を流通することが多い動物種であるにも関らず,清浄な国内環境が維持されてきた要因の一つには,そのように単一的な検査の積み重ねのあったことを否定することはできない。その重要なツールである動物用「ツベルクリン」の製造終了が決まった今,私たちのサル類を今後どのように結核から守ってゆくべきか,施設の垣根を越えた議論が求められる所以である。

我々にとって最も理想的な対策は,これまで積み重ねてきた経験と実績を生かすため,ツベルクリン試験を継続することである。調査したところではMOTの供給が限定的なヨーロッパや韓国,インドネシアでも,ツベルクリン試験自体はサル結核のスクリーニングとして実施されている。

では動物用「ツベルクリン」に代えて,何を接種抗原とするか。現状,国内で入手しやすいのはヒト用のPPD製剤であろう。しかし国内製品の力価は一回接種量0.1mLあたり2.5 IUと,動物用「ツベルクリン」(10,000) に比して著しく低い。日本人のほとんどはBCG接種を受けているので,ヒトにとっては当然のことである。一方でいずれの成書・文献でも数千単位以上の接種が推奨されているサルのツベルクリン試験にあたり,特異反応の検出に十分な力価とはいえない。

次に,ウシの検査用製剤として当局の承認プロセスを経て,いずれ入手可能になると予想されるのがウシ型PPD製剤である。ヒト型結核菌とウシ型結核菌は,99.9%の塩基配列相同性を持つ近縁種である。実験レベルでは,ウシ型結核菌のみならずヒト型結核菌で感作したサルでも皮内反応を惹起したと報告されていることから,代替品の候補として大変有力である。しかしサル類の自然感染例を実際に検出したという事例は調査した限り見当たらず,実績の面で不安が残る。

一方,アメリカの市販品であるZOETIS社のMOTは,本国はもとより他の国々でも汎用されており,実績の面では申し分ない。存在するのが輸入・販売に関する「薬事行政」と「経済性」という社会的なハードルだけであれば,これを乗り越えるための努力には十二分な価値があると考えられる。

もしツベルクリン試験を継続する道が断たれた場合,IGRAは次の有力な選択肢となり得る。手法の煩雑さやコスト,特異性・感度という検査の特性から,本来はツベルクリン試験のアドホックとして高い有用性を発揮する検査法ではある。しかし市販の検査キット Primagam の輸入・販売が実現すれば,ツベルクリン試験に代わる新たなスクリーニング検査法として最も現実的である。但,ツベルクリン試験と同程度の検査頻度を維持する努力は必要となろう。

菌培養やPCR検査は結核の確定診断に用いられる最終的な検査法である。しかしながら結核菌の生物学的な特性を考えると,ラテント結核に対する感度には不安が残る。大部分の結果が陰性となるスクリーニング検査に流用した場合,その有用性が十分に発揮されるとは限らない。

ここに挙げた情報が広く意見交換のきっかけとなることを願う。