【参加報告】ASZWM 2011 in NEPAL

サル類の疾病と病理のための研究会」が毎年協力しているアジア野生動物医学会 / アジア野生動物保全ワークショップ,今年はネパールの首都カトマンズで開催されました。"One World One Health" のテーマのもと,アジア全体でヒトと動物の関係を考える集会です。今年もまた参加してきましたので,その様子を報告いたします。

チトワン国立公園でゾウに乗る
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 チトワン国立公園の面積は 932 平方キロメートル,香川県のおおよそ半分に相当する広大な亜熱帯雨林には,希少種を含めて世界でも珍しいほどたくさんの種類の陸生,水生の動植物が棲息しています。「アジア野生動物保全ワークショップ 2011 in Nepal」の学会企画ツアーでこの国立公園を訪れ,自然保護の最前線を見学してきました。
 公園内はトレッキングで巡ることができますが,人気はエレファントライドです。学会主催者のご好意で,なかなか予約をとる事ができないエレファントライドを体験することができました。丈の高いブッシュにあってもゾウの背に乗ると遠くまで見渡すことができ,野生動物を観察するにうってつけの環境です。しかしそこが観光サファリパークと違うところで,滅多に動物に出会うことはありませんでした。何しろ自然環境そのままです。ポストモンスーンの穏やかな日差しの下,ジャングルと草原と日に輝く川面を眺めながら,昨日までの集会で紹介された野生動物の現状や,問題解決に向けた並々ならぬ努力の数々を思い出していました。
[報告 板垣伊織]
One World One Health in Asia
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 今年の集会は2011年10月21日 (金) から,晴天の下,カトマンズ市内の新興市街地にある Hotel Himalaya とパタン旧王宮にほど近い Dhokaima Cafe という大きなレストランで開催されました。
 集まったのは16カ国から163名,うち100名超が開催国外の参加者です。会場を見回したところ日本,韓国はもとより,タイ,台湾,インドネシア,マレーシア,香港,シンガポール,ベトナム,インド,スリランカ,バングラディシュ,ブータン,ドイツ,USAの面々が見受けられました。SPDPからは岐阜大学の柳井さんと平田さん,岡山理科大学の清水さん,予防衛生協会の片貝さん,そして私と,5名の参加です。

 基調講演 の口火を切ったのは今大会の Chair である I.P.Dhakal 氏 (写真) です。氏はトリブバン大学で教鞭をとりながら,チトワン国立公園を中心とした野生動物保護の活動をしています。特に近年アジアゾウの結核がかなり多発し,その予防と感染動物の摘発に心を砕いています。感染経路はいくつか考えられていますが,確たるものは掴めていません。ただ先に示したチトワン国立公園での例の通り,ネパールの農村部ではゾウは家畜に近い存在で,ヒトとゾウの間で感染が成立する懸念もあます。ヒトのみならずゾウも高度な集団生活を営むため,入り込んだ結核がそれぞれの集団の中で広がって行く恐れもあります。近年では 結核特異抗体を検出する ElephantTB Stat-Pack Assay® といういいツールが出ているとのことですが,この問題には獣医学領域のみでなく,医学領域も含めた包括的な対策が望まれる様に思います。

 感染症といえば,日本では対策が進んでいる狂犬病もアジアでは大きな問題の一つです。特に北朝鮮と国境を接している韓国の困難さは想像するに余りがあります。人類にとって特別な意味を持つ両国の国境線ですが,病原体を媒介する蚊や宿主の動物たちにとっては何ら行動を制限するものではないのです。ソウル大学の Sun-A Kim さんは国境近辺の野生タヌキに経口ワクチンを施すことで国内への狂犬病の侵入を防ぐ試みを続けています。免疫のバリアゾーンを設けることで感染症の侵入を防ぐことは防疫の基本パターンの一つです。しかし家畜と違い,野生動物を一頭一頭免疫して行くのは並大抵の仕事ではなさそうです。

 感染症と並んでヒトと野生動物との間に存在するもう一つの大きな問題は,いわゆる "CONFLICT" です。日本でもクマやイノシシが街に現れたり,山林での作業中に襲われる事件がときどき報道されます。ましてネパールやブータンなど山に囲まれた国の事情は日本よりも深刻で,ツキノワグマ (報告は英名で Asiatic Black Bear と Himalayan Black Bear) によるヒト,農作物,家畜の被害は甚大とのことです。その逆に「熊の胆」や「熊の掌」を狙った無計画な狩猟も横行しています。この問題が近年顕在化してきた要因は,一概にヒト生活領域の拡大だけではありません。クマの習性そのものや,地球的規模で起こっている気候変動に関連した山の環境変化など,原因は複雑にからみ合っている様です。なかなか抜本的な解決策が見つからず,被害の発生状況について情報を集めたり,被害集落同士が連携して見張りを立てるくらいが現状の様です。

Non-human Primates
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 毎年恒例のNon-human Primatesのセッションは集会二日目の昼下がり,Dhokaima Cafe (写真) の中庭に面した一室で開催されました。今年は人獣共通感染症,または共通の病原体に関する話題が多く取り上げられました。

 マレーシアやタイなどでは,ブタオザルやカニクイザルといったマカク属のサルは身近な存在です。寺院の様に環境が保護されていて,それでいてヒトの多く集まる場所はサルたちにとっても暮らし易いらしく,元気な若齢サルや母子ザルの微笑ましい光景が観光客や市民に親しまれています。そんなサルたちが,サルマラリア原虫の一種でヒトのマラリア病原体としても問題となっている Malaria knowlesi を高率に保有していたり,抗デングウイルス抗体や抗日本脳炎ウイルス抗体を保有しているという発表がありました。タイのブタオザルから検出された抗デング,抗日本脳炎ウイルス抗体の話では,病原体の感染サイクルにおけるサルの役割については不明との事でしたが,マレーシアのサルマラリアについては都市部に暮らすサルが主要な感染源である可能性が指摘され,物議をかもしていました。

DSCN9997.jpg この種の病原体を持っていても,通常サルたちが症状を示すことはありません。しかし,もともとマラリア原虫感染率の高いボルネオ (インドネシア) のオラウータンにデングウイルスが自然重感染すると,発熱や元気消失などの臨床症状を示したり,血液検査で異常が見られるといった例が,最近になって複数の動物で確認されました。野生動物とそれを自然宿主とする病原体との関係は長い時間をかけて平和裏に構築されてきましたが,状況によっては発症に至る事もある様です。しかしオラウータンなどの希少種だと,保護活動の上で大きな問題です。

 SPDPの会員でもある平田さん (岐阜大学) はニホンザルに自然発生した T/NK細胞悪性リンパ腫の腫瘍細胞内に,内在性 EB virus の RNA を見つけたと報告しました。ニホンザルには多く自然感染しているサル Lymphocryptvirus ですが,宿主にB細胞性のみならずこのタイプの悪性リンパ腫を起こすことを初めて示した貴重な結果です。

Monkey Temple で見た光景
 集会場からタクシーで約30分,アカゲザルの集団が暮らすことで有名な スワヤンブナート Swayambhunath,通称 "Monkey Temple" はカトマンズ旧市街の西を守護する寺院です。ヒトとサルが間近にかかわる状況がそこにありますので,当然SPDPを代表して見聞し,皆様に報告しなければなりません。滞在最終日,フライトまでの時間を利用して行って参りました。
DSCN0433.jpg 入場料を払って門をくぐると,すぐに母子ザルの集団と若いオスザルの集団が出現しました。入り口の広場中央に円形の水場があり,アオコをたくさん浮かべた水を湛えています。水場はネパール寺院に必ずあるもので,参拝のために体と心を清めるための施設です。他の寺院では近隣住民の生活用水としても利用されていますが,ここではもっぱらサルの飲み水と遊び場に使われていました。写真の様に,給水口にぶら下がって水を飲むのがオスザルの勇気と力の象徴になっている様です。YouTubeに動画もアップしましたので,よろしければご覧下さい <http://www.youtube.com/watch?v=s-XWWyWUKhU>。水場の周りでは,たくさんの観光客がその光景を楽しんでおり,アイスクリーム売りの前で子供がしきりにねだっていました。子ザルたちはそのすぐ脇を走り抜けます。
 寺院の中心であるストゥーパ (仏塔) はそこから小径を上った高台にあり,その途中,あたりまえですがサルの排泄物がたくさん落ちています。固いもの,柔らかいものに混じってタール状のものを見たときには,背中が少し寒くなりました。実はこの Monkey Temple,2007年に初めて Entamoeba nuttali という病原性赤痢アメーバがアカゲザルから分離された場所なのです。このアメーバは形状からは E.histolytica と区別できないため,以前は認知されていませんでした。しかし今日では遺伝子構造が異なる別種として扱われています。詳しいことは「サル類の疾病カラーアトラス」に付属の情報更新カードに書かれていますので,まだお手元にない方はぜひ一冊お求め下さい。

"FUKUSHIMA" の野生動物保護活動
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 話は前後しますが,今年の集会の顔である Keynote に福島県鳥獣保護センターの溝口俊夫さん (写真) が招待されました。溝口さんは福島県で野生動物の保護や生態調査活動の先頭に立っています。そしてあの東日本大震災,人間ばかりでなく野生動物を含む動物たちも被災しました。福島が被った震災で最も特徴的,そして恐らく最も厄介な問題は,やはりあの原発事故です。人間や家畜,ペットと違い,原発事故がもたらした野生動物への影響はまだはっきりとは見えていません。しかし通常は存在し得ない放射性核種がバラまかれ,目に見えないまでも自然環境は確実に変わってしまいました。それを受けて野生動物にも必ず何かしら影響があり,近い将来ヒトの前に大きな問題として立ち還ってくるはずです。溝口さんは行政やNOP,大学と協力しながらいくつかのプロジェクトを立ち上げ,イノシシやサルなど野生動物への影響について調査を進めているところです。会場での関心は非常に高く,改めて震災と,被災した動物たちの保護を含めた復興活動に,海外が熱く注目していることが分かりました。それは単に同情というものではなく,少なくともここに参加する人たちは "One World One Health" を肌にしみて理解しており,まさに "FUKUSHIMA" の痛みを自分の事として感じているのだと思います。

 地域社会の幸福を願うのであれば,もはや世界的な人間社会,そして動物たちを含む地球的な環境を切り離して考えることはできません。この集会はヒトと動物たちとの関係を考える上でますます重要な意義を持つことになるでしょう。民間企業にご所属の会員にとってはなかなか参加が難いタイプの集会とは思いますが,次回は一度思い切って足を運んで頂くことを切に願います。どうしてもご都合がつかない方のため,私は来年も引き続きレポートしたいと,今から楽しみにして義務感に燃えております。
DSCN0123.jpg次回集会予定
Asian Society for Zoo and Wildlife Medicine (ASZWM)
"One World One Health in Asia"
会期: 2012年10月10日 (水) 〜12日 (金)
場所: Bangkok, THAILAND
会場配布パンフレット (PDF 711KB) ASZWM2012.pdf

ASZWM NEWS
  • これまで一年ごとに入れ替わりで開催されていた「アジア野生動物医学会集会」と「アジア野生動物保全ワークショップ」が,来年からは一本化されて毎年の開催になります。
  • アジア野生動物医学会では専門家認定制度の設立に向けて準備を進めています。