【参加報告】第21回サル疾病ワークショップ

たぐいまれな強面と厳しいもの言いとは裏腹に,不思議と動物にも周囲の人にも好かれる人でした。設立来の中心メンバーとしてSPDPを支えて続けてくれた自他ともに認めるサルの臨床獣医師は,まもなく春を迎えようとする2012年2月の下旬,実のご母堂とわたくしたちを残して密かに旅立って行かれました。今は後藤俊二大人 (うしのみこと) として一族の守り神になっておられます。

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大人もご照覧頂いたでしょうか。2012年7月14日 (土),「第21回サル疾病ワークショップ」は故 後藤俊二さんへの黙祷で幕を開けました。今年のテーマは「霊長類を用いた医科学研究のための全国共同利用施設 〜連携と分担〜」という長いものです。総勢60名の参加者を迎えた麻布大学8号館の最上階,百周年記念ホールは,今年も冷房が冴えわたりました。
サル類を用いた医科学研究・科学実験を行うための施設は,国内だけでも各所に数多く見受けられます。運営母体も大学,独立行政法人,民間企業など様々で,それぞれ独自のハードウエアと技術,およびそれらの運営システムを持っており,得意とする研究分野も異なります。またひと口に実験用サル類と言っても,それぞれの施設で種も由来も違っている様です。医科学研究を行う者にとって研究の成否を分ける第一の岐路は施設の選定にあ訳で,のどから手が出るほど各施設の情報が欲しいのではないでしょうか。今回のワークショップはそんな必要性から企画されました。
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基調講演 「霊長類の有効利用について」
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ワークショップの口火を切るのは,恒例,吉川泰弘会長による基調講演です。
医科学分野の研究領域はクラシックな動物実験からゲノム,オミクス,エピジェネティクス,先端医療技術,遺伝子改変へとシフトしています。また比較生態学や行動・社会学など人文科学の領域でもサル類の使用は欠かせません。輸入数を見ても研究ニーズの動向を見てもますますその重要性は高まっているはずなのに,サル類を用いた研究の規模そのものが縮小して見えるのはなぜでしょう。高機能で値の張る機器を使用せざるを得ない当代研究の問題は,高騰した研究コストを公的資金で補填するシステムの衰退だと吉川会長は強調します。また研究施設の重要な責務の一つは,サル類を取扱う専門技術者の育成です。この職種が安定しないと,安全かつスムースな研究に支障を来してしまいます。
いかに画期的な研究プロトコルであっても,機器や施設などのハードウエア,それを取扱う技術者,良質な実験動物がなくてはただの書類に過ぎません。共同利用・共同研究施設は三者を安価に提供し,一日も早く研究成果を医療現場や社会に届けるため,研究者を強力にアシストする社会的役割を担っているのです。

共同利用施設から
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大学,独立行政法人系の共同利用・共同研究施設として,
京都大学ウイルス研究所
京都大学霊長類研究所
独立行政法人医薬基盤研究所 霊長類医科学研究センター
滋賀医科大学 動物性目医科学研究センター
自然科学研究機構 生理学研究所
の五施設が紹介されました。
もちろんどの施設でもサル類を保有し,それ使った医科学研究が日々行われています。しかし興味深いのは,それぞれ設立された背景が異なっている点です。エイズウイルス研究の必要性からサルを扱い始めた京大ウイルス研,もともと予防衛生研究所 (現 感染症研究所) でワクチン検定に使用するサルの繁殖を始めた霊長類医科学研究センター,大学の実験動物施設としてスタートして機能の拡充を図る動物生命科学研究センター,神経科学・高次脳機能研究に特化しつつ社会情勢から "National Bioresource Project" の中核となった生理学研究所。
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設立背景の違いは得意とする研究分野の違いに直結しており,また必然的に利用できる研究資材もそれぞれ特徴的です。研究を成功裏に導くための選択肢は,従って豊富に用意されているとの印象です。一方で施設職員との個人的なコネクションの有無や,投入できる資金によっては,意中の施設を利用しづらいという現実もあります。施設の機能が向上することは歓迎されるべきことですが,真に価値ある研究プロジェクトには施設利用の敷居がもっと下げられるよう,切に希望しております。

ポスターセッション
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報告の途中ですが,一旦休憩です。お昼の時間を利用してランチョン形式のボスター発表がありましたので,その模様もお知らせしておきます。
今年のエントリー数は12題。展示動物や実験用サル類の症例報告,サル類を用いた研究成果の発表,サル類の飼育管理システムや器材の開発まで,広く話題が集まりました。ポスターセッションは口演の場合と比べ,ディスカッションする上で演者との距離が物理的にも精神的にも近い様に思います。麻布大学の宇根有美先生が巧みに進行したこともあって,時に周りから笑い声の起こる,楽しいながら充実したひとときでした。

民間施設から
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成田空港第一滑走路に隣接する株式会社 NAS研究所と,茨城県古河市に拠点をもつハムリー株式会社 筑波研究センター試験研究所の二施設が紹介されました。
株式会社 NAS (エヌ・エー・エス) 研究所は医療用レンタルラボとして利用することが可能です。成田空港から抜群のアクセスを誇り,動物の輸送コストとストレスの低下・軽減が長所の一つです。レンタルラボの手軽さと固定スタッフによる実験サポート体制を併せ持つ,希有な施設だと感じました。
一方,株式会社ハムリーは老舗 CRO (Contract Research Organization; 受託研究機関) の一つです。サルの感染実験も可能な民間では稀な施設で,しかも GLP (Good Laboratory Practice) に準拠しているため当局への製造承認申請データとして試験結果を利用することができます。
民間施設はどうしてもコスト高になってしまうイメージがありますが,部分委託やレンタルラボをうまく活用すれば費用を抑えることも可能です。しかも公的な施設が苦手とする前臨床試験,即ち当局への申請に使用するデータを採取することができるのは,非常に大きなアドバンテージです。

利用者の立場から
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最後を締めくくる形で京都大学霊長類研究所の高田昌彦先生が共同利用・共同研究施設の利用者としてのご意見を述べられました。高度な研究施設でも,個々の研究・実験に最適なハードウエアを用意していてくれるとは限りません。高田先生の研究テーマの一つである「カニクイザルを用いたパーキンソン病態モデルの作成と遺伝子治療」を例に,施設にもともと備え付けのシールドルームを改良した話や,精密な脳内ベクター注入を可能にした MRI ナビゲーションシステムの導入,サルの脳機能解析法の樹立について興味深く拝聴しました。利用者のニーズに合わせてハードやソフトを最適化していく柔軟性も共同利用施設に求められる重大な要件の一つの様です。

総合討論
残念ながら時間の都合により,総合討論の時間は割愛されました。個人的な感想で恐縮ですが,今回のワークショッブでは各施設にれぞれ特徴があることが判りました。利用者がそれを上手く見極めることが研究の成否に直結します。それと同時に,施設と協力しながら個別に最適な環境を作り上げるのも,研究の進展と施設の機能向上の両面から重要なことです。しかし,もし一つの施設で研究ニーズが完結しなかったら,という課題も残されています。日本国内の共同利用・共同研究施設は,それぞれの分野では世界的に引けをとるものではありません。それら優れた施設がそれぞれ得意な分野を提供し,一つの大きな成果を上げることができれば,科学技術立国として世界のトップに立つことも夢ではないと思いました。