【参加報告】ASZWM 2013 Singapore & Borneo

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アジア野生動物医学会も今年で数えて9年目。いよいよシンガポールで開催の運びとなりました。さらにボルネオ島で動植物保護の現場を訪ねるサテライトワークショップも設けられ,世界的に注目されるオランウータン保護の最前線を目の当たりにできたのは,SPDPのメンバーとして大層幸運でした。
正規版の報告書はSPDP会員向けニュースレター誌 "SPDP LETTRS" に執筆中のため,会員外の方には申し訳ありませんがサイトへの掲載はダイジェストに留めます。この報告書を読んでご興味を惹かれた方は,SPDPへの入会をご検討下さい。

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第6回アジア野生動物医学会開催要項
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【主大会】Convined Conference 2013 "One health in Asia Pacific"
開期 2013年10月25日?27日
場所 West Collage, Institute of Technical Education (ITE)
1 Choa Chu Kang Grove 688236, Singapore
主催
  • アジア野生動物医学会 (ASZWM)
  • Singapore Veterinary Association (S?A)
  • Unusual Pets and Avian Veterinarians (UPAV)
  • Association of Avian Veterinarians Australian Committee (AAVAC)

【サテライトワークショップ】 Borneo Biodiversity Workshop
開期 2013年10月28日?29日
場所 Semenggoh Wildlife Rehabilitation Center, Sarawak, Malaysia
主催 アジア野生動物医学会
(報告者: 板垣伊織)

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【報告1主大会
 Combined Conference 2013 "One Health in Asia"
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 大会の開催を告げる基調講演は,全ての参加者が集まる大ホールで催されました。
 エコシステム,動物,ヒト社会の三者が密接に関連し,それぞれの病気と病原体が互いに影響し合う "One Health" の時代。その実例や獣医師たちによる改善へのアプローチが示される中,印象的だったのはタイで希少動物種の保護と研究を続ける Boripat Siriaroonat 氏 (写真) の活動です。個人の活動には限りがあると考えた彼は,アジア各国を巡って現地の活動家に野生動物保護の理論と実技を教えるトレーニングコースを開く活動を続けています。まだまだ国や地域によって野生動物獣医学への取り組みに差がある現状,全ての若い活動家が国内で適切な技術を学び得るとは限りません。そんな中ですので,彼の活動は地球とアジアの将来を見据えて大変有意義に思われました。彼の努力がいつの日か大きな実を結ぶことを期待してやみません。

基調講演が終わるといよいよ各団体に分かれ,一般演題のスタートです。ASZWMの集会に設定されたセッションは次の通りです。
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  • Aqua
  • Infectious Diseases (1, 2)
  • Genetics
  • Genetic Diversity
  • Primates (1, 2)
  • Miscellaneous
  • Elephant
  • Anatomy and Physiology
  • Bear
  • Pathology
  • Avian
  • Clinical
  • Zoo Vet Networking
  • Education
例年にもまして細かく分類され,ポイントを絞って聴講することができました。

 SPDPも注目の "Session Primate" は大盛況でした。演題数も10題と他のセッションより多く,その人気ぶりがうかがえます。SPDPからエントリーしたのは京大霊長類研究所の鈴木樹理さん。施設内で流行したニホンザル血小板減少症のその後をレポート下さいました。感染実験でSRV-4が原因と特定し,かつ膨大な数のブール血清を検査して感染ルートを突き止めたお話です。加えて私も一題,カニクイザルコロニーでの結核防疫体制のあり方について拙論を披露しました。
 その他,いくつか発表の内容を示します。

 オランウータンの慢性気囊炎は何年もの経過を辿る難治性疾患で,臨床上の問題となる。症状としては下痢や粘性鼻汁,液状膿の排出などで,抗生剤投与や局所洗浄を続けるもののなかなか完治しない。<Serena Oh女史; シンガポール>

 スローロリスの闇ルートペット販売では業者により不適切な犬歯処理がなされることが多く,感染性の歯髄瘻ができやすい。原因菌も様々で,抗生剤での治療も一概にはいかない。 <Taksaon Duangurai女史; タイ>

 非ヒト霊長類由来の凍結細胞株を効率的に樹立するため,細胞不死化因子にヒトもしくはサルリンパ好性ウイルス1型を用いたところ,ほとんどのサル種でT細胞系細胞株を樹立することに成功した。<石田貴文教授; 日本>

 バンコクに近いカラボク・クー野生動物繁殖センターで保護されるサルについて,いくつか人獣共通感染症のウイルス抗体保有率を検査した。マカクザルではヘルペスウイルスや日本脳炎ウイルスの保有率が高く (42%, 15%),ギボンではこれらに加えてB型肝炎ウイルスの保有率が高い状況であった (56%, 56%, 67%)。<Khajornpong Nakgoi氏; タイ>

 インドの Arignar Anna動物園で黄疸を呈したチンパンジーが数日の経過で死亡し,肝臓から数種のレプトスピラが分離された。園内を自由に歩き回るマングースやバンディクートが感染源とも推察されたため,チンパンジー飼育エリアにネズミ返しを設置した。<Thirumurugan氏; インド>


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【報告2サテライトワークショップ
 Borneo Biodiversity Workshop
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 マレーシアのクチンはボルネオ島南西部にあります。シンガポールから空路わずか1時間,サラワク川の河口を臨む川沿いの静かな街に着きました。「クチン」はマレー語で「猫」を意味します。マニアには「ネコの街」として広く知られているようです。
 市街地から南に24km,ボルネオ島の背骨を作る山々と熱帯雨林が広がる一角に "Semenggoh Wildlife Rehabilitaton Center" はありました。ボルネオ島の希少動植物種を保護し,いまなお謎多い生態系を研究するこのサラワク州政府の施設は,訪れる人には保護活動の経緯と現状を丁寧に教えてくれます。1,000種を越える動植物を扱ってはいますが,やはりこの施設を有名にし,また経済的にもよく支えてくれるのはこの人気者,オランウータンでしょう。
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 広大な熱帯雨林の中にヒトが歩く最低限の細い道だけが設けられています。動物園ではありませんので,運が悪ければ彼らに出会うことすらできません。ジャングルを歩く道々,あちらこちらの樹上で大きな動物の動く気配が伝わってきました。
 餌場に到着すると,ちょうど給餌の時間でした。ほどなく樹間に張り巡らせたロープを伝い,二〜三頭がゆったりと現れました。一頭は子供を抱いた母親です。
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 ここを訪れたのは10月28日。季節は乾季です。11月に入るとやがて雨季。ジャングルには果物が豊富に実ります。オランウータンは十分な量の新鮮な餌を自分の手で採ることができますので,餌場にはあまり現れなくなります。この時期は彼らの様子を目の当たりにできる最後の機会でした。
 手にも足にも持てるだけのココナツを鷲掴みに掴み,口の中にはバナナをたんまり詰め込んで悠然と去ってゆく姿には,森に暮らす哲人の風格があります。保護員の話しによると子供は生後6ヶ月。乳離れにはまだ間がありますが,母を真似てかバナナを一本つかんでは口に運んでいました。
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 現在,この施設に保護するオランウータンは27頭。いずれもヒトの手で傷つけられたり,棲処を追われたものたちです。ジャングルを切り開き,道を造る工事はヒト社会の発展には欠かせません。しかし,心ないごく一部の作業員や密猟ハンターが彼らを傷つけ,非合法ペットや食肉に供すために連れ去る現状につながっているのも事実です。オランウータンを始めとしたボルネオ島のエコシステムとヒト社会とが対立している問題,その深刻さを深く考えさせられました。
 両者が互いを傷つけない時代,さらに進んで両者が互いを支え合う時代を迎えるため,SPDPも微力を尽くして参りたいと思います。

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