第2回 症例検討

1. 最近、リスザルにみられた感染症

麻布大学獣医学部病理学研究室 宇根有美

2.安全性試験でのサル類にみられる基礎病変

(株)新日本科学 毒性病理部 前田 博

3. サル繁殖施設でみられる病変(TPCでの症例)

筑波霊長類センター 榊原一兵

4.サルの臨床におけるトピックス

社団法人予防衛生協会  小野 文子

5.症例報告

1.若年シシオザルにおける横紋筋肉腫の1例
国谷泰子,柳井徳磨,酒井洋樹,柵木利昭

1. 最近、リスザルにみられた感染症

麻布大学獣医学部病理学研究室 宇根有美

リスザルは、新世界ザルの1種で、ペルーやボリビアを中心とする熱帯地方で樹上生活をするサルで、体重は500〜1000gと小型で、取り扱いやすく、愛くるしいことから、実験用、動物園展示用および愛玩用として、近年、輸入数および飼育数が増加している。

  • 輸入数(1998年度) 1年間に250頭
  • 動物園 飼育園館数 70機関、飼育数 約1000頭(日本動物園水族館協会資料による1996)
  • 小動物開業医を対象とした診療対象動物に関するアンケートで約2660件のうち、25.6%の獣医師がリスザルを診察した経験をもつ。

(※資料:輸入動物及び媒介動物由来人畜共通感染症の防疫対策に関する総合的研究 吉川班)

1.トキソプラズマ症

トキソプラズマ症は、猫を終宿主として広域な宿主域を有する原虫疾患で、人畜共通伝染症として、良く知られた疾患である。
一般にリスザルを含めて新世界ザルおよび原猿類のサルは、Toxoplasma gondii に感受性が高いといわれ、国内外でいくつかの報告がある。
今回は国内の2つ施設で、発生率および致死率の高いトキソプラズマ症の集団発生をみたので紹介する。
また、この事象に基づいて、感染経路についてToxoplasma gondii ME49株を用いて検討したので、その概要も併せて紹介する。
(本内容は、第127回日本獣医学会獣医病理学会1999で報告した)

2.エルシニア症

Yersinia 属細菌はグラム陰性通性嫌気性桿菌で、ヒトを含めて問題となる菌種は(人畜共通伝染病)

  1. Y. pestis,
  2. Y. enterocolitica,
  3. Y. pseudotuberculosis

で、 1)は国内での発生は見られず、2と3)は主として消化管に感染し、2)は食中毒菌として、3)はヒトの泉熱の原因として良く知られている。
今回は、1施設において長期間にわたって、散発的に発生の見られたYrsiniapseudotuberculosis感染症(仮性結核病)について紹介する。

3.シュードモナス属細菌感染症

Pseudomonas 属細菌はグラム陰性好気性桿菌で、この菌種の多くは土壌、海水、下水道、腐敗有機物、食品などの自然界に広く分布している。病原性は一般に低いが、過酷な環境でも増殖し、多くの消毒薬や抗生剤に抵抗性があるため、菌交代症や院内感染症を起こす菌として重要で、代表的な細菌として緑膿菌 Pseudomonas aeruginosaがある。
今回は、プールなどでよく見られる環境細菌の1つであるPseudomonas alcaligenesによる壊死性胸膜肺炎の集団発生を紹介する。この発生は、感染症新法施行直前の1999年末に大量輸入されたリスザルにみられたものである。また、緑膿菌による敗血症についても触れる。(本内容は、第130回日本獣医学会獣医病理学会2000で報告した)

4.肺炎桿菌感染症

Klebsiella pneumoniaeの経口感染による咽頭炎および髄膜炎の集団発生について簡単に紹介する。 (本内容は、第131回日本獣医学会獣医病理学会2001(農工大)に報告予定である)


2.安全性試験でのサル類にみられる基礎病変

(株)新日本科学 毒性病理部 前田 博

<はじめに>

霊長類は,キツネザルやロリスが含まれる原猿,マーモセットの含まれる広鼻猿(別名,新世界ザル),カニクイザルやアカゲザルの含まれる狭鼻猿(別名,旧世界ザル),およびテナガザル,オランウータン,ゴリラ,チンパンジーなどの類人猿に分類される.

近年,サル類は分類学的にヒトに近く,また薬理学的反応,毒性学的反応,薬物の吸収,分布,代謝,排泄などが類似することから,安全性試験に多用されている.サル類の中でも繁殖飼育の容易さなどの理由からニホンザルと同じマカク属に属するカニクイザルが安全性試験に多用されている.しかし,自然発生病変については,希少例あるいは感染症の報告はあるものの,げっ歯類,ビーグル犬など安全性試験に用いる他の動物種と比較して,これら安全性試験に用いられるサル類のバックグラウンドデータの報告は極めて乏しいのが現状である.

私どもは,サル類の安全性試験に関して膨大なデータを蓄積している.本研究会では,サル類の臓器重量などのバックグラウンドデータをヒトやイヌ,ラットなど他の実験動物と比較するとともに,サル類の中でも最も頻繁に安全性試験に用いられるカニクイザルの代表的な臓器の正常組織像,代表 的な自然発生性の病理像を紹介する.

<臓器重量>

臓器重量では,サル類およびヒトでは,他の動物種と比較して脳の相対重量が大きく,大脳の発達が著しいなど,サル類とヒトの腫瘍臓器の相対重量は近似している.

<正常組織像>

サル類およびヒトでは脾臓やリンパ節におけるリンパ濾胞が大きく,脾臓では脾洞の構造が明瞭に観察できる.
また,肝小葉,腎糸球体,肺胞の大きさがマウス,ラット,イヌ,サル類,ヒトの順に大きくなるなど,組織学的にサル類とヒトでは類似点が多い.

<自然発生病変>

非腫瘍性病変としては,諸臓器の褐色色素の沈着,鉱質沈着および動脈硬化,糸球体腎炎などの糸球体病変,腎盂および膀胱上皮の硝子滴,副腎皮質結節などの内分泌系臓器の病変が頻発し,また,頻度は低いが多彩な病変がみられることが他の実験動物にない特徴である.

腫瘍性病変は,卵巣の良性奇形種,腎細胞癌,消化管の肥満細胞腫,乳癌などがみられる,安全性試験で用いるサル類は10才以下で若いため,発生頻度はきわめて低い.


3. サル繁殖施設でみられる病変(TPCでの症例)

筑波霊長類センター 榊原一兵

筑波医学実験用霊長類センター(TPC)は1978年に新設された。その設立の目的は,効率よくじか生産された健康なサルを利用者に安定供給すること。また第二の目的はその繁殖基礎集団の遺伝子保存やSPF化をめざし品質の向上をはかることである。

そのため,野性由来のサルをもとに,「自給自足的」に継続して繁殖するために世界に類例を見ない大規模屋内飼育施設がはじめて建設された。したがって,その飼育管理および繁殖育成システムの立案およびその実施は,それ自体が実験的性格をもっていた。そしてセンターの開設より20数年の間 に,当初予想もしなかった様々な疾病が発生した。

今回,症例報告する数種類の疾病は,その発生や感染の伝播にこれらの飼育管理方法が密接に関係していると考えられる。そのため病理解剖および組織所見に加え疫学的調査結果も報告する。今後,サル類の飼育繁殖のシステムを検討するうえで重要な情報を発していると思われる。

  1. サル水痘様ウイルス感染症
  2. クル病(骨軟症)
  3. アメーバ赤痢
  4. 糖尿病
  5. 「動物の愛護および管理に関する法律」に関係する症例

4.サルの臨床におけるトピックス

社団法人予防衛生協会  小野 文子

筑波医学実験用霊長類センター(TPC)では1978年より完全室内飼育方式によるカニクイザルの大規模繁殖が行われ、現在約1500頭が飼育されている。繁殖・育成カニクイザルコロニーにおける疾患(外傷等は除く)の発生状況を定期的に実施されている健康診断のデータから抽出したところ、5歳齢までの若年期では8.6%(脾腫、心雑音等では若齢期のみに認められ、経年により症状が消失するものも含む)であるが、繁殖年令に相当する5歳以上15歳未満で は疾患発生率は約20%で貧血、薬剤不応答の長期下痢等が認められた。

15歳以上になると基礎疾患が認められた個体は約40%となり、そのうち、重度肥満、高血糖等代謝異常が18%を占めた。20歳以上の高齢群では70%の個体に明らかな基礎疾患が認められた。糖尿病、高中性脂肪血症の代謝性疾患に伴い様々な合併症が認められ、血液生化学データにおいては、平均血糖値90mg/dl、中性脂肪200mg/dlと繁殖・育成コロニーにおける平均値(血糖値;58mg/dl、中性脂肪;68mg/dl)を大きく上回っていた。また、死亡原因としても、基礎疾患として糖尿病を持っている個体における肺炎等感染症が大きな割合を占めていた。

自然発症性糖尿病素因の検索のために、過去5年間の定期健康診断で、肥満あるいは血糖値、血中脂質のいずれかが高値を示した93頭のサル(選抜群)について糖負荷試験を実施した。肥満については性別、年齢、妊娠等の諸条件を考慮し外部検診にて過肥と診断された個体とした。血液パラメーターについては過去5年間に定期健康診断で実施された動物の検査結果の平均+標準偏差(血糖値:81mg/dL、トリグリセリド値:150mg/dL、総コレステロール 値:173mg/dL)を超えた値を指標とした。

糖負荷試験における、血糖消失速度K値が2.00未満を示した個体を糖尿病リスク群としたところ、選抜群の25%にあたる23頭(検査対象全体の約1.4%)が抽出された。23頭における空腹時血糖値は115±46mg/dl、グリコヘモグロビン値は4.98±1.49%、糖負荷試験K値は1.22±0.61%min及び、インシュリン曲線下面積は120±75μU・h/ml、であった。糖尿病発症様式としては、多くは、肥満が先行して糖尿病が発症しており、数年にわたる慢性肥満の後、急激な体重減少と同時に血糖値上昇が認められる症例、比較的急激な体重増加の後、徐々に体重は減少し、それと交差しながら血糖が上昇する症例があった。


5.症例報告

1.若年シシオザルにおける横紋筋肉腫の1例

国谷泰子,柳井徳磨,酒井洋樹,柵木利昭

サル類における横紋筋腫瘍の報告はほとんどない.若年のシシオザルにみられた横紋筋肉腫の特徴につき病理学的特徴を調べ,免疫組織学的マーカーを検索した.

【症例】

4歳の雄シシオザル.左腕の肘部の腫瘤状腫脹に気づき,腫瘤の外科的摘出を行う.摘出後1ヶ月で腫瘤は再び摘出前の大きさに成長したため肩関節より左腕を切断した.
その後,左胸部が腫瘤状に腫脹したため,左鎖骨周囲の広範囲な腫瘤摘出を行うが,肩部の広範囲な自壊を示して,腫瘤発見7ヶ月後に死亡した.左腕腫瘤部のX線像では,腫瘤と骨に明瞭な関連は認められなかった.

【肉眼および組織像】

摘出された左腕肘部では,皮下および筋層に黄白色腫瘤が瀰漫性に浸潤していた.組織学的には,皮下織および筋層において多形性腫瘍細胞の高度な浸潤増殖が認められた.腫瘍細胞の核は,極めて高度な大小不同を示し,明瞭な核仁を1ないし2個有し,細胞分裂像は極めて豊富であった.腫瘍細胞の細胞質は,弱好酸性顆粒状で,まれに微細線維状を示す.奇怪な形状の多角巨細胞,2個以上の核が連なる合胞体様細胞もしばしば出現した.細胞間には,少量の膠原線維がみられた.PTAH染色では,細胞質には横紋は証明されなかった.免疫組織学的には,デスミン,ミオグロビン,クレアチンフォスホキナーゼおよびビメンチンに陽性,α1アンチキモトリプシン,リゾチームおよびAM-3Kには陰性であった.

【まとめ】

細胞形態および免疫組織から,横紋筋肉腫が疑われた.極めて多形性に富む細胞が混在することから,ヒトの多形細胞型横紋筋肉腫に相当すると考えられた.鑑別診断としては,悪性線維性組織球肉腫があげられるが,組織球系細胞の指標であるリソチームおよびAM-3Kに陰性であったことから否定された.サル類では,極めて稀な横紋筋肉腫の1例である(第131回日本獣医学会で発表予定).